ぽこぶろぐ
アドラー心理学を学ぶママの子育て雑記ブログ
アドラー心理学

アドラーの勇気づけの子育てをしてよかったこと3選

こんにちは!ぽこです。

今回は、私がアドラー式子育て(パセージ)を実際に約5か月間やってみて、意識や考え方が変わってよかったなと感じていることを3つ紹介します。

私は2020年の1月からアドラー式子育て(パセージ)の講座に参加して、1歳の息子と日々実践をしています。

アドラー式子育ての理論、仲間たちとの話し合いやロールプレイなどを通して、子育てについて考え続けている5か月間でした。

日々の息子との印象的だったエピソードの記録をしたり、ブログを書いて理論を振り返ったりしてきたことで、自分の中で起こった良い変化に気づくことができました

そこで今回は、

  • アドラー式子育てに興味はあるけど、どんな意味があるのだろうかと思っている方
  • 子育てがなかなかうまくいかないなという方
  • 今している子育てで良いのだろうかと悩んでいる方

などに向けて、子育てのヒントになればいいなと思ってこの記事を書きました。

具体的には、私が実際にアドラー式子育てを5か月間実践してみて、子どもと向き合う意識や考え方が変わってよかったと感じていることについて3つ紹介します。

きっと、アドラー式子育てが、子育てにかなり役立つと感じられるのではないかと思います。

「子どもと一緒に○○」という意識が強くなった

上から目線になってしまっていた私

アドラー式子育てでは、「親子は対等、親子は仲間」という考え方をしています。

ひと昔前では、親が上、子どもが下、というような上下関係の世界でしたが、現代社会では親子であろうと、一人の人間として対等という考え方になってきていますよね。

これはきっと感覚的にわかりやすいと思います。実際私もアドラー式子育て講座(パセージ)を受ける前から、「親子は対等」と思っていました。

しかし、案外自分が気づかないところでつい上から目線で話しかけてしまっていたことに、ある日気づかされました。

そのきっかけは、パセージの記録でした。

息子はその当時、指差しが大好きで、何かあれば指差しをしていました。

そこで私は、記録に息子の指さしたものを「見てあげた」と記載しました。

すると、グループのリーダーさんから「一緒に(見て)楽しみましょう」とコメントが返ってきました。

これを読んで、自分が気づかぬうちに、上から目線になっていたことに気づきました。

一緒に楽しもうとすると、本当に楽しくなる

はじめは正直、指差しする息子がかわいいと思うだけで、指差ししているものを見るのは、そんなに楽しいと思っていませんでした。

いつも同じあたりを指さしてるし、何を指さしているのか正確にはわからなかったのです。

しかし、息子は指差しすることがとても楽しそうでした。

そこで、リーダーさんのアドバイス通りに自分も一緒に楽しんで見ようとしていったら…

本当に心から楽しくなってきたのです!

これは不思議なのですが、本当に楽しく感じてきたのです。

そのおかげで、息子と楽しいという気持ちが共有できたような気がしました。

「息子がかわいいな」だけだと、結局息子の気持ちとは全く違う気持ちですし、息子の気持ちに全く寄り添ったことになりません。

つまりそれでは気持ちの共有ができないということに気づかされました。

一緒に○○すると、気持ちの共有ができる

このことがあってから、私は「一緒に○○する」ということを意識するようになりました。

  • 一緒に楽しむ
  • 一緒に喜ぶ
  • 一緒に食べる
  • 一緒に遊ぶ などなど

その中で気づいたのは、「○○する」には行動レベルことと、感情レベルのことがあるということです。

例えば、「一緒に食べる」「一緒に遊ぶ」は行動です。

「一緒に楽しむ」「一緒に喜ぶ」は感情です。

本当は全部一緒にできればいいかもしれませんが、行動レベルのことはどうしても一緒にできないことがあります

家事や仕事があると、いつも一緒に遊ぶことは難しいですよね。

我が家の場合、タイミングによっては自分は後回しにして息子だけご飯を食べることがあります。

なので、一緒の行動はできなくても、なるべく感情レベルのことは一緒にできるように心がけています

例えば、息子が一人でご飯をおいしそうに食べているときに、「おいしいね」「ママもこれ好きなんだよ」「おいしそうに食べてくれて嬉しいな」というように、息子と「一緒においしいという気持ちを共有」できるように声をかけるようにしています。

「子どもの課題は子どもに任せる」と待てるようになった

子どものやることにする手を出してしまっていた私

1歳の幼い息子。以前は「小さいからまだできないかな」と勝手に思い込み、息子がやることにすぐ手を出してしまっていました。

まだまだ手が器用に動かせなくて、一生懸命やっているのになかなかできない様子をみると、つい良かれと思って手伝ってあげたくなってしまうのです。

しかし、パセージで「課題の分離」を学んで、「子どもの課題は子どもに任せる」大切さを知り、息子が何かをしようとするときには、まず様子を見るようになりました。

手を出さなくてよかった!!と思った瞬間

「子どもに任せる」ことを意識し始めてから、「手を出さなくてよかった!!!」という体験をしました。

食事中の話です。手づかみ食べをしていた息子が、汁物のお汁を自分で飲もうとお椀を持ちました。

この時私は、「絶対にこぼす!!」と思って、止めようとしました

これは息子のためでなく、後で片付けるのが大変だからという私の考えからです。

しかしこの時、「子どもの課題は子どもに任せる」ことを思い出し、汚れてもいいから自分でさせてみようと様子をみました。

すると、息子は自分で上手にお汁を飲むことができたのです!

私は今まで自分でこんなことができるようになっていたなんて、全く気付いていませんでした。

息子が自分でお汁を飲んでくれてとてもうれしかった、息子の成長を知ることができてうれしかったという気持ちであふれました。

それと同時に、できることの芽を摘もうとしていたことに恐怖を覚えました

幼い子どもでも自分の課題に向き合うことができる

この出来事から、息子がやろうとしていることには手を出さず、まず様子をみるようになりました。

すると息子は、自分で挑戦をするし、どうしてもできないようならあきらめたり、私に助けを求めたりするようになりました

こんな幼い子どもでも、自分の課題にしっかりと向き合うことができるんだと学びました。

自分の気持ちに気づけるようになった

「えらいね」は上から目線の言葉

私は息子に「えらいね」と声をかけたくなった時は、一呼吸おいて自分の気持ちを伝えるようになりました。

「えらいね」という言葉は、必ずしもそうだとは限りませんが、上から目線の言葉になりがちです。

親子は対等のはずなのに、対等でなくなってしまいます。

「えらいね」ではなく、自分の気持ちを伝える

ここでも一つエピソードを紹介します。

ウチの息子は、最近名前を呼ぶと、「はい!」と言って手を挙げてくれるようになりました。

私はいつの間に覚えたんだととても驚いて、「えらい!」と言いたくなりました。

しかし、ここでぐっと踏みとどまって考えました。

「えらい」の代わりになんて言おうか…そう考えた時、子どもを勇気づける言葉「あ、歌だ」を思い出しました。

「あ、歌だ(あ、うただ)」とは

  • あ…ありがとう
  • う…うれしいな
  • た…助かった
  • だ…大好き

この時、この中で当てはまるのは「うれしい」だなと思って、「ママ、お返事してくれてうれしいよ!」と息子に返しました。

よくよく考えてみると、本当にその通りで、私は息子がお返事してくれたことがうれしかったのです。

今まで反射的に「えらい」と言ってしまっていたので、案外自分の気持ちを考える機会がなかったことに気が付きました。

自分の気持ちを伝えると、気持ちの交流ができる

このことがあってから、息子に「えらいね」と言いたくなった時は、今自分がどんな気持ちなのか考えるようになりました

そして、自分の気持ちを言葉で返すようになりました。

今、私がよく使っている言葉は

  • うれしい
  • 楽しいね
  • 大好き

です。「えらいね」は全然使っていません。

自分の気持ちを言葉にすることで、以前よりも自分の気持ちに気づきやすくなったと思います。

また息子とも、「えらい」を使っていた時よりも、一緒に喜びを分かち合うなど気持ちの交流ができるようなった気がしています。

まとめ

今回は、実際に私がアドラー式子育て(パセージ)をやってみて変わった子育ての意識や考え方について紹介しました。

勇気づけの子育てをすると、本当に子育てが変わってきます。ぜひやってみてくださいね。

まとめ
  1. 「子どもと一緒に○○する」という意識が強くなった…感情の共有ができるようになった
  2. 「子どもの課題は子どもに任せる」と待てるようになった…幼い子どもでも自分の課題に向き合うことができると気づけた
  3. 自分の気持ちに気づきやすくなった…以前よりも子どもと気持ちの交流ができるようになった